「沈黙/アビシニアン」古川日出男

読了。
この作品も、「アラビアの夜の種族」と同様、<物語の誕生/死>に徹底的にこだわってます。完成度からいえば「アラビア〜」になるのでしょうが、僕個人としては「アラビア〜」は作中内物語が少し冗長に過ぎる気がして、作品における必然性が薄いように感じたので、「沈黙〜」のほうが評価は上です。(成立順でいえば、「沈黙〜」のほうが先なのですが。)

通時的なものと共時的なものが、それぞれ解体し、交錯し、再構成される中で物語は紡がれます。しかし、そのような世界の間隙、世界の彼岸にある、「鬼っ子」的な物語は、世界の中で生きていくことは困難です*1この作品の中で登場する多数の物語たちは、あるものは死に、あるものは生き延びる。そして、それらはけっして文字資料の上には残ることはない。

大文字のテクストから除外され、抑圧された数多くの物語。その再発見は、「社会史」を試みる歴史家の課題のひとつです。

*1:ここで、どうしても「イリヤの空」との違いについて言及しないわけには行かないでしょう。「イリヤ〜」は世界と対立する物語ではなく、まさに世界によって記述された物語に他ならない。以上