弔いと生政治

 関西で行われている反原発デモのひとつに、「葬送デモ」なるものがあるらしい。福島において被曝による被害が近い将来多発するであろうことを、「葬送」という形で可視化し、問題提起を行うというコンセプトのデモのようだ。
 このデモについては、ネットを中心に賛否両論が巻き起こっている。批判の中心は、やはりそれが「不謹慎」であるということだ。福島に住んでいる人たちをあたかも棺桶にいれるかのようなデモは、当地の人々を傷つけるのではないか?
 このような批判に対して、主催の一人であるS氏が応答を行っている。
http://nonuke-savelife.tumblr.com/post/12855881354
 この文章でS氏は、葬送デモが不謹慎である可能性、誰かを傷つける可能性があるかといえばあると認めている。しかし、だからといってこの表現はなされるべきではなかったということにはならない。わたしたちは放射能に対して恐怖を抱いていながら、また反原発の活動をしていながら、放射能に対してどこかでもうどうしようもないことだからという諦念を抱いている。その諦念において、いずれ確実に訪れるであろう事態にたいして、直視することを恐れている。しかし、その追認こそが福島の人々を実際に殺すことになるとS氏は説く。

どういうことかというと、自分の家族を助けることはもうできないと、心のどこかで諦めているということです。毎週末のようにあちこちに出かけて反原発の活動をやっていたとしても、そのこと自体が、本当の本当に恐ろしいことから目を背けるための言い訳のようなものになっていて、絶望していない見せかけのままに、心の奥深くのところで絶望してしまっている。これが心底から嫌だったので、自分が一番見たくないと思っていることをきちんと形にして見ておく必要があると考えました。それが葬送デモに参加することにした第一の理由です。

「葬送」という表現において傷ついた人がいたとしても、その向こうで考えるべきことがある。それは、もちろん避難しない人を批判することではない。政府や東電といった権力に対して、避難の権利をうったえ、避難の可能性を模索していくことである、という。

 東電や政府に対して「避難の権利」を認めさせ、その十分な補償を行わせるという結論に対しては、もちろん異論は無い(避難とはまさに「権利」なのだから)。また、誰かが傷ついたとしても直視したくない現実を表現しなければならない、ということもありうると思う。
 しかし一方で、この「葬送」という表現はなされるべきではなかったと私は考える。このデモにおける「葬送」の対象は可能性の未来の子どもたちであり、そのような事態が実際に起こらないために行われるデモなのであろう。だが、(子どもの死、という)可能性の未来をつぶす手段が「避難」なのであれば、このデモは他方で「福島」という場所をも弔っている。未来の子どもの死は可能性にすぎないが、「福島」という「場所」の死は揺らぐことが無い。
 「葬送デモ」にみられるようなこの生命に対する執着と場所に対する無頓着性は、多くの反原発運動にみられる現象である。”「福島」を見捨てて「人」を救う”というスローガンは、とくに反原発を主張するひとたちにおいて、しばしば手放しで賞賛され、受け入れられている。その原則を背景に、瓦礫含む放射性廃棄物の処分場を福島につくれという主張や、福島の農産物はすべて廃棄すべきという主張、ひいては福島を「廃県」にするという主張までなされるのである。
 だが、この原則は、原発事故による被害の問題を「被曝-健康被害」の問題だけに矮小化してしまっているといわざるをえない。原発事故による被害は複合的な被害であり、その中には福島という「場所」の被害も含まれているのだ。なぜ福島という「場所」が被害にあったのか。それはけして偶然ではない*1開沼博を読むまでも無く、それは中央と地方におけるさまざまな構造的な権力関係によっていたのだ。その意味で、被害は3.11以後にはじめて発生したのではなく、3.11以前からあらかじめ予定されていたのである。もし、命さえあれば「場所」はどうでもいいというのであれば、なぜ東京に原発が無かったのか。大阪に原発がなかったのか。わたしたちは最初から被曝してよい「場所」とそうでない「場所」を区別していた。なのに、被曝という事態が起こってから、”その「場所」は死んでしまった。大変悲しいことだ。生まれ育った「場所」なんか捨てて逃げなさい。逃げれないならお金をやろう土地をやろう職場をやろうほら逃げれるでしょ。”というのは、あまりにも欺瞞的にすぎるのではないか。

 11月、福島で女子駅伝を開催することが問題になった。ぼくも別に福島で開催する必要はなかったと思う(毎回ある場所で行われていた競技大会が、何らかの事態により別の場所で行われる、ということはよくあることだから)。だが、東京在住のジャーナリストが福島に乗り込んでコースをガイガーカウンターでかたっぱしからはかっていった、という話を聞いたとき、正直嫌悪感をおぼえた。そのやり方は、先進国の人道主義者が途上国に乗り込んで「ここに抑圧がござい」と一席ぶつ手法にしか見えなかったからだ。もちろんそれは善意からでた行為だろう。だが、その善意は中央から周縁を眺めやるオリエンタリズム的な視線によって成り立っている。その視線には、相対する相手を「他者」としてみなす視点が欠けている。
 未来における子どもの死は、どこの「場所」で生じるのだろうか。私は首都圏に住んでいる。葬送デモは関西だが、大阪という日本で二番目の大都市圏で行われている。大都市という「場所」から、福島(地方)という「場所」を眺めている*2。その「場所」のちがいを無視して、未来における子どもの死を「わたしたちの」子どもの死として弔うことがはたして可能だろうか。大都市圏のひとびとにとって、その子どもの死は別の「場所」において発生する死、すなわち、「他者」の子どもの死なのではないだろうか。
 S氏の文章では、この点について巧妙なすりかえがなされていると思う。S氏自身は福島に家族がいるという(あるいは福島出身なのかもしれない)。そしてその家族の将来の死について考え、家族を助けるための運動を行うこと、それがS氏にとっての葬送デモであった。もちろん、S氏に限らず、自身は大都市圏に住んでいるが家族など身近な人間が福島に住んでいる、という人も多くいるだろう。しかし、家族など少数の人間については断絶ない関係が築きえても、だからといってその人間が福島のひとびと全員とそのような関係を築けるわけではない。大都市圏の人間-地方の人間という構造的な断絶は残ってしまうのだ。
 「他者」の子どもの死を弔うこと、「場所」を弔うこと、もしそれが未来においてありうることであり、その「場所」はすでに死んでいるのだ、ということをあなたが信じるならば、それを主張するのもいいだろう。だが、そのときあなたはその「場所」と敵対したということをはっきりと自覚すべきである。「場所」が客観的に死ぬなどということはありえない。「場所」は人がそう宣言したときに死ぬ。逆に言えば、人が「場所」を殺す。
 葬送デモは福島という「場所」を殺すデモである。だが、死んだ「場所」のあとには何があるのだろうか。その謎めいた空白地帯に住んでいる人びととは?
 たとえば福島廃県という恐るべき事態が発生した未来について考えてもいい。福島という「場所」が消失したとしても、物理的なある面積はのこる。その面積は周辺の各県が、あるいは政府の直轄となるのかもしれないが、とはいえその面積が存在しないと考えてよいということはありえない。当然そのような事態ではすべての人の強制避難ということになるだろうが、収束作業をしている被曝労働者はのこる。また、強制避難となったとしてもなお残る人たちがいる。辺見傭『もの食う人びと』のなかでふれられているように、チェルノブイリにおいても避難をしなかった人、あるいは強制避難区域に戻ってきた人たちがいた。そのような人々は果たしてどのような人々であるのか?存在しない「場所」に住んでいる人は存在しえない。つまりかれらは亡霊ということになるのだろうか。少なくとも人ではない何かとして扱われることになるのではないだろうか。人はその面積の中には存在してはいけないのだから。
 つまりかれらは、アガンベンがいうところのホモ・サケルとなる。それは、「生きているのみ」に切り詰められた人間であり、死ぬがままにされた人間である。そのような剥き出しの生に置かれた人間とそうでない人間を分けるものこそが、「場所」と「場所ではない何か(非-場所)」の境界線なのだ。
 「場所」を弔う(殺す)ということは、究極的にはそこにすんでいる人間を剥き出しの生に追いやることになる。たとえ、主催者の意図が”そこに住んでいる人を非難するわけではない”としても。そしてそれだけではない。まさにそのような生に追いやることによって、われわれ大都市圏の人間は、避難の推奨という人道的介入を行う権利を手に入れるのだ。ジジェクは主張する。

それならば、政治的共同体から除外され、<命あるのみ>のホモ・サケルの権利に引き下げられた<人権>はどうなるのか。非-人間として扱われる、まさに権利のない者の権利となり、役立たなくなったときは>ジャック・ランシエール〔フランスの哲学者・政治学者。1940-〕が重要な弁証法的逆転を提案している。「……用がなくなれば、(…)海外へ送られる。(…)このような過程の結果として<人権>は権利を持たず、残酷な抑圧や生存条件に耐えることを強いられた、剥き出しの人間の権利になる。人道的権利として、それを行使することのできない、権利を絶対的に否定された被害者の権利となるのだ。それでも、無効ではない。政治的な名や政治的な場所が全く空虚となることはなく、誰かまたは何かによって埋められる……もし残酷な抑圧に苦しむ者たちが最終手段である<人権>を行使できないなら、別の者がそれを継承し、彼らの代わりに行使する必要がある。これこそが、犠牲となっている住民を助ける想定で『人道的干渉の権利』と呼ばれ、多くの場合は人道的組織の勧告に反して特定の国々が我が物にしている権利だ。『人道的干渉の権利』とは、一種の『差出人への返送』だといえるかもしれない。不要品として権利を持たざる者へ送られた権利が、差出人へ送り返されるのだから」(スラヴォイ・ジジェク『人権と国家』集英社新書、p165-166)

結局のところ「葬送」デモは、このような中心-周縁の権力関係にもとづいた政治のあらたなバリエーションを形成するにすぎないと思う。
 わたしたち大都市の人間は、福島という「場所」をまず生きている「場所」として認識することが必要なのかもしれない。わたしたちが福島を一方的にまなざしているのではなく、また福島からもわたしたちの「場所」はまなざされている。そして、福島で今おきていることは、わたしたちに対しての訴えでもある。わたしたちは福島に(あるいは日本全国でもいい)何を訴えるかを考える前に、まずわたしたちに対して訴えられていることについて応答できていない、ということを考えるべきだと思う。
 
■参考文献

*1:福島だけでなく東京も関西も被曝しているのであり…という人もいるが、程度の差は明らかにあり、その差こそが本質的なのだ。

*2:もちろん、大都市にもさまざまな「場所」があり、地方にもさまざまな「場所」があるのであり、単純なる二項対立的な図式化はできない。だが、それを理由に「場所」の差異をすべて相対化することもまた出来ない