決断主義とチベット

中国政府は逮捕した市民や僧侶を即刻解放するべきだし、チベットに対する政治・文化・宗教的弾圧は行われてはいけない。もちろんぼくも同意見だし、その素朴な感情において主張を行い、デモに参加し、署名を書き、あるいは他の支援活動に参加することは、正当なばかりでなく事態を少しでも良い方向に近づけていくうえで、必要なことであると信ずる。弾圧にノーを突きつけることに対案は必要ないし、ある問題に声をあげていなかったからといって、別の問題に声をあげる正当性が失われるわけではない*1
だがしかし、である。自分もチベット問題について何かを言わんと思考してみると、それは多大な困難を伴うものになってしまう。
つまり、われわれが、少なくとも、多少なりとも民族問題とチベットの歴史に関する知識がある者が、チベットの弾圧をやめよというとき、それは単に人身に対しての直接的な弾圧のみならず、数々の法や政策に基づく、政治・文化・宗教・コミュニティなど、文字通り「チベットの」弾圧をやめよと言っている。われわれはその立場に立つことによって、チベットの「暴動」は暴動では無いと言うことが出来る。そして、最近のチベットの問題は、根本的には「チベットの弾圧」をやめることにおいて解消されるということをわれわれは知っているのである。
しかし、「チベットの弾圧」をやめるということは、どのようなことを言うのか?独立か?ダライ・ラマが言う「高度な自治」か?あるいは他のやり方があるのか?
民族自決、という立場に立つならば、独立という選択肢がベストである、ということになるだろう。チベットは歴史的に中国の一部では無く、1950年以降チベットは中国に不当に支配されている。したがってチベット独立こそが弾圧の最終的な排除をもたらす。だが、もちろん民族自決という思想は、恣意的なスローガンでしか無い、ということは自明である*2。なぜ朝鮮半島は独立したが沖縄はそうではないのか。あるいは、なぜ東西ドイツは統一したがオーストリアは分離したままなのか。チベット周辺を見ても、チベットは中国領だがシッキムとアッサムはインド領である。そしてネパールとブータンはそれぞれ独立している。これらの事態に対して、民族自決の立場からは答えを出すことは出来ない。*3チベットは歴史的に中華帝国の圏内では無かったという主張には同意するとしても、それがチベット独立の正統性を保障するという「歴史主義」には組することは出来ない。ぼくは別にチベット独立という主張が間違っていると言っているのではない。ただ歴史的な正統性を基盤とする民族自決にコミットし、現実の政治に適用しようとすることで、不毛な歴史の帰属論争をするのは間違っている、ということなのである。日本でいえば沖縄の問題がこれにあたるだろう。民族の独立性を主張しつつ沖縄を分離させたくない右派は、日本は中華文明に属していないことをことさらに述べつつ、沖縄は歴史・文化的に日本の一部だと「証明」しようとする。民族問題で重要なのは、歴史の帰属ではなく歴史そのものなのに。
また、「現実的な」提言をしようとする人たちは「高度な自治」を支持することが多い。独立は状況的に難しいので「高度な自治」あたりが落としどころだろうとする。上に書いたように独立が自明で無い以上「高度な自治」は落としどころでは無いのだが、まあそれはよい。「高度な自治」はダライ・ラマや亡命政府が支持しており、確かにコミットすることは容易である。だが、「高度な自治」は民主主義の思想に基づくものである。が、当の中華人民共和国は民主主義国家では無い。はたして非・民主主義国家の中で、民主的な「高度な自治」は可能であろうか?こと、チベットに関しては民族・宗教・文化の面が絡んでいるのだ。タテマエにおいては、今でもチベットでは「自治」が行われていることになっている。それがまったくのタテマエであるからこそ、「高度な自治」という言葉が使われているのだが、その「高度」はどのくらいの高度になるだろうか。たとえばパレスチナは民主的な選挙が行われている「自治区」であるが、虐殺はまだ終わっていない。ソ連内の自治共和国からロシア連邦内の共和国に移行したチェチェンは?むろん、弾圧は制度によってではなく、政治的諸権力の構造によって行われるのだ。もちろん人身的な弾圧は排除されなければいけない。しかし、人身の弾圧は思想・宗教・言論・表現の弾圧とタッグを組んでいるのであって、後者が認められなければ前者は多少ソフトになることはあっても無くなる事は無い*4ことになる。それはつまり中国が民主化することを意味している。中国の民主化はなされるべきだが一朝一夕には行かないだろう。となれば、逆説的だが独立のほうがむしろ「現実的」な案にはならないだろうか*5
さらに別の角度から見れば、独立にしろ高度な自治にしろそのような「民主的」な方法の結果が、人道や人権の面からチベットを支援している人々に満足を与えない可能性がある。パレスチナハマスが「民主的」な選挙で勝利したときの欧米諸国の煮え切らない態度を想起すべきだ。もちろんダライ・ラマは1950年以前の農奴制を復活させようとはしていないと思う。しかし亡命チベット政府はダライ・ラマというシンボル無しにはありえず、そしてダライ・ラマは宗教指導者である。もし今後中国とチベットの対話を促していくうえで、世界のチベット支援の諸人権団体や組織、あるいは個人が、どこまで背中を押すことを続けていられるだろうか、という懸念は想起されざるを得ないだろう。
つまり何が言いたいのかというと、チベット問題において自らがコミットすべき選択がないなら、その選択肢の不在の中でチベット問題を語らなければいけないという現実を受け入れなければならないということである。何かを選択しなければチベット問題は解決しないという恐れから、信じてもいないナショナリズムの文脈に乗っかってチベット独立を主張するべきではないし、また結論が出ないからと言ってチベットについて考えることを止めるのも不誠実である*6。俺はチベット弾圧に反対だしそれを表明しているが堂々と言わない反対と言わない左翼は何だ、という態度は、まさに決断したものが決断しなかった者を笑うという危険な態度に他ならない。決断を尊ぶものは決断しないことを恐れる。典型的な例がまさに最近のアイヌ問題に関する2ちゃんやブクマの反応に見られる。「結局どうしたいの?」「結局どうして欲しいの?」そういう問題じゃねえんだよ。一方で、人間はあらゆることに言及できないというのも正論ではあるが、しかしそれを選ばなかった問題については、(糾弾する連中が「期待」する内容では無かったとしても)考えていいと思う。これは、内輪もめをやめて「小異を捨てて大同につけ」ということではない。そもそも「小異」はまったく「小」ではない。右翼も左翼もなんとなく一緒にデモをする、というべ平連的いいかげんさにはシンパシーを感じるが、だからといって隣で差別的な主張や歴史修正主義的な主張をされるのは困る。その意味において、ぼくは右翼と左翼が大同団結してチベットに対する弾圧を糾弾せよ、という主張は支持できない。考え続けながらもなお行動することと、行動が一致していれば考え方は何でもよい、というのは大きく異なる*7。事態が切迫している、というのはもちろんそうであるが、だとすればなお、弾圧には反対という以上の旗幟を鮮明にする強迫観念に突き動かされて動いても意味が無いのではないかと思うのだ。

*1:当然ながら、主張の内容は吟味される

*2:E・H・カーは、1946年当時、民族国家の政治的・経済的非合理性を見抜き、国家は100を越えることなく統合に向かうだろうと予測していたが、21世紀現在、果たして国家は200を越えている。

*3:あるいは、もっと愚劣な方法で答えを出すことは出来る。つまり、たとえば沖縄人は日本にとどまることを「選択」したのだと

*4:戦車でひき殺されていた人間たちが逮捕され「合法的に」死刑になる、とか。

*5:ただし、独立は独立で旧ユーゴや東ティモールなどの暗い前例をわれわれは知ってしまっているのだが

*6:もちろんあえて何かを言おうとする必要は無いけども

*7:政治的には空気嫁と言われるのかもしれないが、その文脈で言えば本当に空気を読まなければいけないのは「シナ人死ね」などというネトウヨのほうだろう