鉄の夢をみる夜の狼たち

 2023年4月末、日本ではゴールデン・ウィークに入った頃、ロシアのバイカーギャング集団ナイト・ウルヴズ(ナチヌイエ・ヴォルキ=夜の狼)が、5月9日の第二次世界大戦におけるロシア(ソ連)の戦勝記念日に合わせて、ドイツの首都ベルリンへの恣意的ツーリングを行っているというニュースが目に入った。

https://www.afpbb.com/articles/-/3462252

 ナイト・ウルヴズは、ソ連崩壊直前のロシアで結成されたグループで、現在では旧ソ連諸国や東欧圏にも構成員がいる。この男性だけで構成された「無法者」集団はプーチン政権の熱烈な支持者であり、鉄砲玉的な準軍事組織として、その権威主義体制の維持に貢献している。ウクライナでは実際に民兵として戦ってもいる。

 今回のようなロシアと対立する国への恣意的なツーリングは、これまでも行われてきており、ベルリンへのツーリングもドンバス戦争以降の前例があるとはいえ、ウクライナ戦争真っ只中におけるナイト・ウルヴズのドイツ「遠征」は、相当の警戒心をもって迎えられたようである。しかし蓋を開けてみれば混乱はほぼ起こらなかった。構成員にEUの制裁対象者がいたこともあり、数百人規模といわれていた参加者が数十人規模に留まったことや、強制収容所への訪問が拒絶されていたことがその理由であるようだ。元々ドイツ内にも親露派はいて、彼らが5月9日に開いた集会にナイト・ウルヴズも参加したが、ウクライナ支援者との衝突は起こらなかったという。

 

 ナイト・ウルヴズのモデルは、1948年に結成され1960年代に最も有名になったアメリカのバイカーギャング集団ヘルズ・エンジェルスだという。西側世界に敵対するプーチン政権を支える鉄砲玉のルーツが、ある意味では西側的自由を最も体現したならず者集団だったというのは皮肉めいた話であり、彼らの乗っているバイクが西側産であることも含めて、揶揄されやすいポイントとなっている。

 しかしヘルズ・エンジェルスとナイト・ウルヴズの倒錯的な関係は、ナイト・ウルヴズを権威主義国家ロシアのカリカチュアとして消費せしめること以上の意味を持っている。ナイト・ウルヴズは冷戦期に西側世界がタブー化した欲望が、半世紀以上たってから反転した形で現実化した悪夢なのである。

 

 私が友人たちと翻訳作業を行い、昨年12月に出版されたロレンツ・イェーガー『ハーケンクロイツの文化史』の最終章では、ヘルズ・エンジェルスと彼らがモデルとなったバイカーギャングが登場するSF、ノーマン・スピンラッド『鉄の夢』が扱われている。ヘルズ・エンジェルスは、様々な露悪的意匠の一つとして、ナチズムの象徴的記号であるハーケンクロイツを用いていた。それは単にファッションとしてだけではく、実際にネオナチとの関係があったこともよく知られている。

 ノーマン・スピンラッドのSF『鉄の夢』は、いわゆる歴史改変SFである。この世界ではアドルフ・ヒトラーは政治家にならず、アメリカに移民し、SF小説家として成功をおさめている。この本はその全体が、まるまるヒトラーが書いた架空の小説『鉤十字の支配者』という書籍の体裁をとっており、本編および出版社による著者プロフィール、ホーマー・フィップルなる大学教授による解題によって構成されている。

 ヒトラーが書いたことになっている『鉤十字の支配者』のストーリーは、核戦争によって放射能に汚染された地球で、「北方人種」の特徴を持った美しく男性的で指導力のある主人公フェリック・ジャガーヒトラー自身が投影されている)が、伝説の錫杖の力を借りて、放射能によって醜い怪物と化した人間やミュータントを虐殺し、汚染されていない純粋な人間の楽園をつくるというもの。その中で、フェリックの最も忠実で頼りになる部下が、ヘルズ・エンジェルスをモデルとしたバイク軍団なのであった。

 架空の小説『鉤十字の支配者』が書かれた世界では、ナチス・ドイツが誕生しない代わりに、ソ連がヨーロッパを支配している。ホロコーストがおきていないので、解題の書き手は、この小説の中にヒトラーが盛り込んだ反ユダヤ主義を読み解くことができない。その代わりに、ハーケンクロイツを掲げるバイク軍団がフェリックとともに、ソ連をモデルとしたミュータント国家であるジンド帝国――この物語のラスボス――を蹂躙する描写について、その残虐性を指摘しながらも、カタルシスが存在することを認める。

 スピンラッドは『鉄の夢』を通して、ナチズムへの風刺を行うのと同時に、冷戦期アメリカの抑圧されたスキャンダル的な欲望を描いている。当然ながらヒトラーは忌まわしき敵であり、ホロコーストは正当化することができない。ヘルズ・エンジェルスは悪趣味なならず者であり、少しでもお墨付きを与えてしまうと、「オルトモントの悲劇」のような凄惨な暴力事件を引き起こしてしまう。

 しかしそれは、単なる「公式見解」に過ぎないのではないか?アメリカ社会には一方で、ロシア・コミュニズムユダヤ人への偏見や敵意が確かに存在する。それがある限り、アメリカ人は、ハーケンクロイツやヘルズ・エンジェルスと手を取り合って、「野蛮」の殲滅のために、ヨーロッパ平原を東へ疾走する欲望から逃れられないのではないか?『鉄の夢』が描いているのは、そのような西側「文明」国の不安に他ならない。

 

 そしてナイト・ウルヴズは、半世紀前の西側の不安をちょうど反転したかたちで現実化したのである。このバイカーギャングは、ネオナチとの闘いを称してウクライナに侵略したプーチンの近衛部隊として、西から東ではなく、東から西へとヨーロッパ平原を疾走する。彼らのシンボルはハーケンクロイツではなく、反転したハーケンクロイツ――つまり卍――を構成するZである。

 一方、ナイト・ウルヴズが『鉤十字の支配者』を反転させていない点が一つだけある。ナイト・ウルヴズは女性を排除したマスキュリニズムの団体だそうなのだが、かの架空小説も、女性の登場人物が一切出てこず、それについて解題の著者は精神分析的な興味を抱いているのである。

 

 もちろんこのナイト・ウルヴズが、ウクライナ戦争に決定的な役割を果たすことはこれまでなかったし、これからもないだろう。とはいえ彼らはプーチン政権の象徴的な「近衛部隊」であり続けるし、日本も含む西側のメディアや一般世論は、このならず者たちを「野蛮」な国家ロシアを象徴する集団として、軽蔑的に扱い続けるだろう。

 しかしその「野蛮」とは、得体の知れない「アジア的野蛮」などではなく、我々「文明世界」にいる者たちの不安の鏡像として、我々自身の問題なのである。今、東において反転した鉤十字が、西において再反転しないとも限らないのだ。そして、そのような事態が万が一起こるとするなら、それを媒介するのは、恐らく有害なマスキュリニズムになるだろう。

 

敵は形態としての我々自身の問題である。そして敵は我々を、我々は敵を同じ終末へと駆り立てるだろう。

テオドール・ドイブラー