警察に守られる左翼と「暴力」について
15日、他のはてサの人たちといっしょにデモに行って来ました。詳細は以下のリンクからどうぞ。
http://www.labornetjp.org/news/2009/0815shasin
デモについて考えたことを書いてみたのですが、この文章、長いうえに基本的にサヨクの人しか読者を想定してないので、読む際にはそれに留意してください。
さて、このデモ、自分としてはいろいろな意味で考えさせられるデモでした。警察がさまざまな方法でデモを管理し、ある面では妨害しようとしていたのは事実です。じっさい、デモの前半はいかに警察を出し抜くかにおいて行動していた面がありました。id:Romanceさんが華麗に踊りながら警察の監視をすり抜けていたのにならって*1、ぼくも消極的に隊列を横に伸ばしたり、遅らせたりしようと、ふらふら動き回っていました。しかし、デモの後半になると事情は一変します。水道橋から九段下の駅付近に来ると、そこには(おそらく)在特会とそのシンパが待ち構えていました。
彼らはデモにたいして思いつく限りの罵声を浴びせてきただけでなく、隙あらば警察の監視をかいくぐって、デモに実力行使を行おうとしてきたのです。ありていに言えば、警察がいなかったらデモはたちまち彼らの暴力によって粉砕されていたでしょう。他の右翼などもいたのでどれだけが在特会の動員かわかりませんが、数としては明らかにデモ隊を上回っていたし、さらに彼らのほうが若い人が多く参加していたのです。ぼくも結構挑発をしていたのですが*2、それは警察に守られているという安心感あってということは否定できないし、じっさい、「本気」でデモ隊に向かって突撃してくる在特会は正直にいえばかなり怖かったので、彼らの暴力に対峙する警察の暴力を、そのときは頼りになるものだと思ってしまいました。
http://hatesa.g.hatena.ne.jp/toled/20090817/p1
また、ウヨクの攻撃がはげしくなるにつれて、警察がウヨクからサヨクをまもる、みたいな構図もあらわれて、ふくざつな気持ちになりました。ぼくなど、ふと気がついたら、警察によって分断されたサヨクとウヨクのウヨク側にいて、あわててサヨク側に戻ろうとしても警察にガードされて冷や汗をかきました。「反靖国」メイクをアピールしたら ようやく 通してくれました。そんなことがあると、ふと警察が 「いいひと」たちに おもえてきてしまいますが、もちろんそれは認知のゆがみです。本当にもんだいなのは、「行動する保守」というよりは、天皇制国家日本です。警察は、天皇制国家-ヤスクニにぞくしています。だから、反ヤスクニは反警察でもなければありません(じっさい、デモ開始時にはトラメガで警察に抗議してる人もいました)。
うーむ。と思ってしまいましたが、「われわれは、都合がよければ警察を利用するし、都合がよければ警察を粉砕する」とhokusyuさんが まとめてくれました(なお、「われわれ」っていうのはデモ主催者のことじゃなく、そこにいた数人のことです)。
考えたいのは、この「暴力」の問題です。左翼にとって警察の暴力は、ふだんはその活動にたいして立ちふさがる障害です。それは警察が左翼のデモをどれだけ潰し、どれだけの逮捕者を出してきたかでもわかります。しかしその警察の暴力が今回のように、「見かけ上は」左翼の活動を保護するものとして立ち現れてきたとき、左翼はどのように振舞えばいいのか? 実践においては「われわれは、都合がよければ警察を利用するし、都合がよければ警察を粉砕する」でよいのですが、そのような実践的なあり方というものは、いかにして可能となるのか。
もっといえば、暴力なるもの一般にたいして、我々はどう向き合うかという問題なのです。たとえば、警察にしろ在特会にしろ一切の暴力を認めないとする立場もありえます。しかし、ふつうに左翼をやっていれば、認めなければいけない暴力もあるということに気づかされるはずです。もし、あらゆる抵抗運動から暴力的なものいっさいがっさいを剥ぎ取ってしまえば、常識的に考えて、それはもはや抵抗運動とは呼べなくなってしまうでしょう。たとえば、ストライキはたとえ表現それ自体においてはある行為からの逸脱としてあらわれるとしても、一定の条件が認められるかどうかである行為を取るかどうか決まるのならば、つまりそこに「恐喝」性が含まれるのならば、暴力の一種と呼べることになります。
暴力を認められる暴力と認められない暴力に区別するのであれば、問題になるのはその区別の基準です。直感的にぱっと思いつくのは、その暴力が正しい目的のために使用されているかどうか、あるいは、その暴力が法律に根拠を持っているかどうか(つまり合法的かどうか)でしょう。ベンヤミンは、前者を自然法的な考え方、後者を実定法的な考え方であると分類しました。そしてこの両者を、手段と目的の一方を一方に従属させる(前者においては正しい目的のためであれば正しい手段だし、後者においては正統な法に基づいた手段においてなされるのであればその目的は正当である)という点においてドグマ的であると批判しました。暴力を批判しようとするならば、暴力そのものに対するより厳密な批判基準が必要であるとかれは説きます。
ベンヤミンは、暴力には既存の法秩序に対して新たな法的関係を打ち立てる「法措定的(rechtsetzend)」機能とある法的目的の手段として暴力が用いられる「法維持的(rechtserhaltend)」機能の二つの機能があるといいます。たとえば政府が一斉ストライキを恐れるのは、ストライキの持つ「法措定的」な力を恐れるからだし、国家が諸個人からあらゆる暴力を個人から奪い取ろうとするのも、同様に「法措定」の機能を独占するためです。一方、「法維持的」暴力は、たとえば一般兵役義務のように、既存の秩序に属している・従うということを、まるで「運命」のように強制するのです。
つまり、個々の法や法的慣例は、むろん、法がその力(Macht[権力])の庇護下においているものなのであって、法の力[権力]は本質的に、ただひとつの運命だけが存在するということのうちに現存しており、さらに、法の力[権力]は本質的に、ほかならぬその現存しているもの[つまり法の力(権力)]が、とりわけ[この<現存しているもの>のなかの]脅かすものが、犯しがたくこの運命の秩序に属していることのうちに、現存しているのだ。*3
そして警察こそ、この両者の近代における退廃した混合物であるとベンヤミンは主張します。まず警察は、ある法目的に仕えているのですから、「法維持的」暴力です。確かに、警察が在特会の暴力から左翼を守ったからといって、正確にいえば警察は別に左翼の活動を保護しようとしているのではありません。警察が保護しようとしているのは、この場合においては、在特会によって振るわれる暴力によって損なわれかねない法秩序そのものといえるでしょう。しかし一方で、警察は「法措定的」な暴力も行使します。デモ隊にたいする、警察によるあのこと細かな命令は、もちろん法で規定されているわけではありませんが、警察はまさに自らの命令が法的効力を持つとして命令するのです。警察はこの両方の暴力を自由に移動できます。ゆえに、あの「転び公妨」のような傍若無人な行動が可能になるのです。「転び公妨」は、それがある法(たとえば刑法95条)に基づいていると主張され、その意味では「法維持的」ですが、その運用において、つまり「転ぶ」ことによって、まさに警察が法秩序をつくっているのです(「法措定的」)。
この、「法措定的」暴力と「法維持的」暴力の弁証法のうちに現れるような力(「法の力−権力」)を、ベンヤミンは「神話的暴力(mythische Gewalt)」と呼びます。そして彼はそれに対立する暴力として、「神的暴力(göttliche Gewalt)」を置くのです。
神話的暴力が法措定的であるのに対して、神的暴力は法破壊的であり、神話的暴力が境界を措定するのに対して、神的暴力は限りなく(境界をつくることなく)破壊し、神話的暴力が罪を負わせると同時に贖罪を負わせるものであるのに対して、神的暴力は罪を清めるものであり、神話的暴力が脅かすものであるのに対して、神的暴力は有無を言わせぬ(止めを刺す)ものであり、神話的暴力が血なまぐさいモノであるのに対して、神的暴力は無血的に致死的なものである。*4
「神的暴力」は、一切の「法措定的」を行わない「純粋な直接的暴力」であり、それゆえに「破壊的」と呼ぶことができますが、「ただ相対的にのみ破壊的、つまり、物[財産](Güter)、法[権利](Recht)、生[生命](Leben)、等等に関して破壊的なのであって、生ある者の魂に関して絶対的に破壊的なのではけしてない」。この「神的暴力」の中に、ベンヤミンは「革命的暴力」の可能性を見出すのです。
ところが、一方でこの「神的暴力」を具体的に識別することは不可能であるとベンヤミンは言います。
というのも、暴力の浄財的な力は人間には明らかではないので、はっきりそれと識別しうる暴力は、超絶的に作用しつつ現れる場合(たとえば、奇跡)を除けば、神的暴力ではなく、ただ神話的暴力だけだからである。*5
「神的暴力」は、絶対的に「法の彼方」にあるものであるわけですから、「神的暴力」を定義づけようとすること自体がまさに不可能となります。しかし、まさに「法の彼方」にあるというその存在自体が「神話的暴力」と相容れないがゆえに、「神話的暴力」を破壊する−たとえば「国家暴力」を根絶する−希望となるのです。
アガンベンによれば、カール・シュミットの「例外状態」理論は、このベンヤミンの論考にたいする応答として読むことができるといいます。ベンヤミンが、あくまでも「法の外」にある「純粋な」直接的暴力の存在を確定させようとするのにたいして、シュミットはあくまでも暴力を「法の内」に押しとどめておこうとするのです。この対立は、「法の内」にも「法の外」にも確定されない、あるアノミーの地帯をめぐって争われているとアガンベンは言います。
例外状態をめぐってベンヤミンとシュミットとのあいだで交わされた論争において賭けられていたものが何であったのか、いまこそいっそう明確に定義することができる。論争は、一方ではいかなる犠牲を払ってでも法との関連のうちに保っておかなければならず、他方ではこの関連から容赦なく断ち切って解き放たなければならないような、同一のアノミーの地帯で生じているのである。すなわち、このアノミーの地帯において問題となっているのは、暴力と法との関係なのであり――究極的には人間の行動の暗号としての暴力の地位なのだ。暴力を法的コンテクストのうちに書きこみなおそうと事あるごとに努めているシュミットに対して、ベンヤミンは純粋暴力としての暴力に法の外部にあっての存在を保証しようと事あるごとに努めることによって応じているのである。*6
さらに、ここからアガンベンは、この二つの相争っているふたつの立場は、「それぞれの立場は他方の立場にはるかに緊密に結びついていること」を指摘します。ベンヤミンの「神的暴力」―純粋暴力とは、「ある時点で捕捉されて法秩序のうちに書き込まれるような人間の行動の原初的な形象ではな」く、「例外状態をめぐる抗争におけるゲームの掛け金であるにすぎず、その抗争から生じる結果」なのです。そして「このようにしてのみ、法に先立つものとして前提されるもの」なのです。ベンヤミンの純粋暴力の「純粋」とは、けして超越的なものではなく、暴力と法や正義との関係性において純粋なのである、ということを、アガンベンは論じます。
アガンベンのこの論考に従えば、認められる暴力と認められない暴力という考え方そのものが、暴力の本質を捉えていないことになります。警察の暴力があり、左翼の暴力があり、在特会の暴力がある、というのではなく、まだ何事にも分けることのできないアノミーのうちにある「暴力」という形象そのものが、警察や、左翼や、在特会によって争われているのです。左翼の暴力であれ、国家の暴力であれ、われわれが、ある暴力を認める/認めないという決断そのもののうちに「法措定的」な「神話的暴力」の形象が紛れ込んでいるのだとすれば、「ある特定の事例において純粋な暴力がいつ本当に存在したかの決定は、人間にとって、ただちにできることでも、ただちにしなければならないことでもない*7」というベンヤミンの指摘に従ったほうがよいといえます。「国家暴力」(それに伴う「警察暴力」)は「神話的暴力」の形象としてあらわれるのですからその廃絶は目指されるべきです。しかし、その廃絶のための暴力―「神的暴力」は、いかにしてなされるのでしょうか。「神話的暴力」と「神的暴力」の差異が暴力そのもののうちにではなく、「暴力とその外部にある何ものかとのあいだの関係のうちにある」とするならば、必要なのは、実践のうちに、「神的暴力」―「革命的暴力」が生成する契機を探ることではないかと思うのです。
*発展編
■反自由党は「ビラ配布→逮捕→有罪」を歓迎する――はてなとmixiと秋葉原グアンタナモ天国の比較自由論
http://d.hatena.ne.jp/toled/20071211/p1
*1:http://d.hatena.ne.jp/lever_building/20090816#p1
*2:目があった奴をちょっと挑発をしただけで例外なく襲ってきたので、ああ彼ら「ガチ」なんだと思って別の意味でも怖かったです。
*3:ヴァルター・ベンヤミン著、浅井健二郎訳「暴力批判論」『ドイツ悲劇の根源』(ちくま学芸文庫)p244
*4:同p272
*5:同p278
*6:ジョルジョ・アガンベン著、上村忠男・中村膳巳翻訳『例外状態』 (未来社)p119
*7:これは、過去にたいして無反省な態度をとるということではありません。「歴史哲学テーゼ」によれば、ベンヤミンは結局は歴史主義へと陥るような、連続的なものとして歴史をとらえる実証主義的な歴史学的態度を批判しました。それにたいして、ベンヤミンはjetztzeit概念を持ち出します。私たちは特定の過去に「跳躍」することによって、瞬間瞬間の過去とつながりあうのです。