「落書き」は文化を破壊しているか?

もし例の大聖堂の落書きが、50年前に長嶋茂雄が書いたものであれば、みんなもっとほほえましいエピソードとして扱ったのではないか。「見てください、壁にたくさん落書きがありますね。おや、こんなところにミスターのも。というわけで正解は、『マジックを売る』でした」
たとえば我々は21世紀のフィレンツェの大聖堂においてなされる落書きをノイズとして拒否するのに対して、1世紀のポンペイの街並みにある落書きは、「生き生きとした庶民感情の発露」として受け入れる。でも、もちろん1世紀の時点において、ポンペイの落書きが「生き生きと」したものとみなされていたわけではない。それは、2000年を経過した我々の視点から見る限りにおいて「生き生きと」したものとして認識される。
とはいえ、ポンペイの「生き生きとした庶民感情の発露」は2000年かけて、火山灰の中でだんだんと醸成されていったものではない。むしろ、あらかじめそこにあったものだ。ただしそれは、現在の視点において我々が視線を投げかけることによってのみ立ち現れる。もし、フィレンツェの大聖堂がその建築以来、何百年にもわたって落書きをされつづけていたとすれば、我々はどの時点で「生き生きとした庶民感情」と「ノイズ」の線を引きうるのだろう?
一般的な文脈で「落書きはいけない」というのは理解できる。しかし、落書きが文化(歴史)軽視、文化(歴史)破壊のような行為として捉えるならば、それは間違いだろう。大聖堂は、それだけが抽出された状態で、中世そのままの時代に生きているのではない。現在の大聖堂は建築時そのままの趣を携えて、連続的なものとしてそびえていると考えるのは「創られた伝統」に過ぎない。大聖堂は常にそれぞれの時代とそれぞれのやり方で関わってきたのであり、その営みも含めて文化、あるいは歴史と呼ぶのだろう。とりわけ、ブローデルが「長期持続」と呼ぶような文脈においては。
その意味では、イタリアの落書きに対する一定の寛容さは正しいし、それでイタリアには文化遺産を管理する能力が無いというならば、まず足元を見るべきだろう。日本は開発の名のもとにどれだけの文化遺産を破壊してきたか。また、現在も破壊しつつあるか。たとえば今、築地という文化がそっくり失われようとしているが、その損失は修復すればどうとでもなる落書き以上のものではないのか?また、同様に歴史も消滅させつつある。特に官庁が公文書をガンガン破棄するせいで、20世紀の日本史はアメリカに行かないと書けないのではないかという予測が、かなり現実味をおびている。
しかし、叩かれるのは常に落書きやその他の「反良識的行為」である。このあたりの歪みについては、まさに道徳的潔癖症
http://d.hatena.ne.jp/good2nd/20080704/1215127240
という言葉がふさわしい。
文化や歴史を大切にすることを道徳*1としか捉えてないからこういうことになるのではないかと思う。

*1:つくる会」とか典型!