パレスチナ解放とホロコースト否認の結びつきについて

先日、とある人とパレスチナ問題について話していて、その人は日本における反イスラエルの言説が反ユダヤ主義に結びつくことを危惧していたのですが、ぼくはさすがにそんなバカな話はないだろうと、たかをくくっておりました。
でも、あるんですねこういうのって。

■歴史問題と政治問題の憂鬱な関係、あるいは、歴史的修正主義について
http://d.hatena.ne.jp/negative_dialektik/20090317/1237279039

確かにドイツでは1970年代後半のレバノン侵攻以降高まったイスラエルへの批判の一部が、ホロコースト否認論と結びついて問題になったことがあります。日本でも、チベット解放と南京大虐殺否定論が反中という点において結びついているネットウヨクがいるように、それ自体正当なものである批判的言説が歴史修正主義の侵入を許してしまうのは、ありえないことではなかったのでした。
歴史修正主義それ自体の問題については、はてなでもう何度も繰り返し議論されてきたことなので、ここでは語りません。以下ののエントリを読めばじゅうぶんだと思います。

■「なにが歴史修正主義の問題なのか」についての私見
http://d.hatena.ne.jp/CloseToTheWall/20080103/p1
■続・「なにが歴史修正主義の問題なのか」についての私見
http://d.hatena.ne.jp/CloseToTheWall/20080103/p2
■テンプレを踏んでいることに気づかないテンプレ通りの人たち
http://d.hatena.ne.jp/CloseToTheWall/20081205/p1
歴史修正主義の手口について
http://d.hatena.ne.jp/rna/20080104/p1

もちろん、歴史修正主義というのは誠実な人々をターゲットに行われるわけですから、歴史修正主義にハマることそれ自体が罪であるというわけではありません。しかし、彼が悪質なのは、これもまた繰り返されてきたことですが、自らの「無学」さをもって歴史修正主義的な歴史と通説的な歴史どちらが「正しい」のか判断を保留することです。

 わたしは無学ですので、「ホロコースト正史」と「修正主義」の、どちらがより真実に近いのか、など、まったく分かりません。それを判断する材料も、自ら調査する力も持っておりません。
(おそらくは、いずれの立場も、歴史的事実の検証である以上に、政治的な陣取り合戦=綱引き=洗脳競争の様相を呈しているのかもしれない、という感触はないでもないですが)

いったいなぜ「無学」*1なのに、それが「歴史的事実の検証」ではなく「政治的な陣取り合戦」である「感触」を得るのでしょうか?たとえ「無学」だとしても、学問の世界において、ホロコースト否認論が一顧だにされていないことは、少し調べればすぐわかります。「無学」であるならば、なぜ今ある「学」を尊重しようとしないのでしょうか?ホロコースト否認論に言及しなくても村上春樹イスラエルを批判することは可能であるのに、なぜ「無学」にもかかわらず、それに言及してしまったのですか?
・・・もうこんなことは、かつてさまざまな論者が繰り返し言っていたことの反復でしかありません。まあ彼がそれらを読んでないのは別に悪くないですけれども、

できれば、「修正主義」の、どこがどう間違っているのかを、具体的に示したエントリなどを根拠として挙げていただけると嬉しいと思います。

などを見ると、あの「30分で分かるまとめ」*2のようなしょうもない議論が思い起こされてしまいます。
ちなみにホロコースト否認論が考慮に値しないものであることについては、次の一冊を読めば全部書いてあります。

「これからも勉強を続けたい」のならば、ぜひとも読んでいただきたいものです。まあぼくはここ数年の経験上、「わたしは無学ですので、「ホロコースト正史」と「修正主義」の、どちらがより真実に近いのか、など、まったく分かりません。それを判断する材料も、自ら調査する力も持っておりません。」と述べる人をまったく信用してませんので、彼は「無知」のまま、これからもホロコースト否認論についてのシンパシーを表明し続けるでしょう。
ぼくが言いたいのはただひとつです。イスラエルは批判されるべきです。しかし、ホロコースト否認論のような反ユダヤ主義の助けをかりなくてもそれは可能なのです。ホロコースト犠牲者や元従軍慰安婦らの経験、あるいはそうしたことに関する研究の蓄積は、たとえば抑圧された者たちをいかに主体化していくかなどの点において、パレスチナの人々の解放運動に大きく寄与しています。歴史修正主義の擁護は、そのような意味においても無神経な冒涜にほかなりません。歴史修正主義との連帯ははっきり拒否されるべきです。たとえ運動に正解はなく、常に試行錯誤とともにあるものだとしても、明らかに間違った運動というものはあるのです。

*1:まあ、「南京での中国人の被害者の数も、中国共産党政府の主張する30万人とか40万人とかいう数字をそのまま受け入れなければ、大日本帝国軍国主義復活を目論む右翼分子とレッテルを貼られそうな勢いです。」と述べるくらいですから、彼が論争史の基礎の基礎すら抑えていない「無学」であることは確かです。

*2:http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20080104/p5